2010年10月31日
紅葉の別所温泉郷 ~鎌倉と並ぶ仏教の学海

別所温泉の崇福山安楽寺にて
前回の記事からの続編です。
塩田平に寺院群を訪ね歩いた日の夜は別所温泉に宿泊しました。
別所地区は標高約600メートルの地点にあります。山々に囲まれた盆地で静かな里の風景が広がる塩田平とは対照的に,山合いに所狭しと旅館・土産屋・銭湯などが密集するちょっとした温泉街です。面積だけでいえば約700メートル四方の小さなエリアに,塩田北条氏ゆかりの仏閣寺院がいくつか存在します。
温泉と買い物を楽しみつつ,温泉郷の古寺古塔を訪ね歩きました。
最初に向かったのは北向観音(右写真)。

現世利益をつかさどる観音様なのだそうです。
西暦825年に慈覚大師が千手観世音を安置したのがこの観音堂の始まりだそうで,天台宗の寺院です。その後,増築や復興を経て,塩田北条氏によって整備され,ほぼ現在の形になったそうです。
午前8時,開門されたばかりの境内には既に多くの人々が訪れていました。また,北向観音本堂への参道沿いには観光客向けの土産屋や食事処が軒を連ねています。北向観音の開門と同時に営業開始するので,参拝に訪れた人々がそのまま買い物などを楽しむのです。
クルミおはぎにクルミ味噌,クルミゆべしに野沢菜の漬物・・・
やはり地元特産の品が人気のようでどんどん買い手がついていました。自分も例に漏れずクルミ味噌のおやきを購入,程よいつぶつぶ感とやや渋めの甘味が良かったですよ。
現世ご利益の観音様と土産屋街はやはり相性がいいようですね。
北向観音を背にして,参道の店舗街を抜けて200メートルほど歩くと,安楽寺に至ります。
かつて鎌倉の建長寺に匹敵する規模の学僧を抱えたという広大な境内&伽藍が山腹の鬱蒼とした森林の中に横たわります。
周囲に店が集まる現世的な北向観音とは対照的な雰囲気でした。また,安楽寺の総門ともいうべき黒門の傍らには,「不許葷酒入山門(飲酒したり生臭い者は山門に入ってはならないという意味)」の石碑があり,俗世とと一線を画しているという印象です。

旅館の横にある安楽寺の黒門
多々ある安楽寺の建造物の中でも特筆すべきは,境内を上り詰めたところにある八角塔。最新の研究では1290年代,塩田北条氏2代目の北条国時のころに建立されたとされています。中国の宋王朝時代の建築様式をした仏塔で,日本ではここにしか現存しません。
午前の日射しで一際色鮮やかな紅葉をバックにそびえる秀麗な姿は必見!訪れる人皆,感嘆していました。
鎌倉時代,塩田北条氏の手厚い庇護を受けて,安楽寺は繁栄します。中国とも活発に人材交流を行ったり,鎌倉の建長寺とも密接な関係を持ったりして,信州での禅の中心地として名を馳せました。この八角塔もそんな最盛期の真っ只中のころに建立されたと考えられています。

八角塔は安楽寺一番のビュースポット
鎌倉時代に北条義政とその子孫が塩田平・別所温泉一帯を領地経営していたこと,そのために鎌倉文化がこの地域で花開いたことは前号でも述べたとおりですが,それ以前の歴史を紐解いてみると,別所付近の歴史は意外と古いことがわかります。
別所温泉の存在は平城京遷都(710年)以前から大和朝廷の宮人たちに知られていたようです。
奈良時代には上田に信濃の国府と国分寺が置かれ(上田市郊外に遺構が残っています),古代には現在の上田市あたりは信濃の中心地でした。国府に程近い別所温泉は当時から役人・貴族の保養地として開発されていたとのことです(「別所」という地名自体,当時の宮人たちの別荘という意味です)。
平安時代になると,9世紀はじめに慈覚大師(最澄の弟子)が,おそらくは信濃国分寺を媒介にして別所の地に安楽寺・常楽寺・長楽寺(現在の北向観音)を創建し,その150年後には将軍として信濃に赴任してきた平維茂が別所の寺院群の修築と再興に尽力しました。ちなみに平維茂のものと云われる将軍塚が別所温泉街の入り口付近にあります。

紅葉の将軍塚
このような奈良時代から平安時代にかけてのバックボーンの後に塩田北条氏の時代が訪れ,仏教文化が大成したわけです。

信濃国府に近く,それなりに別荘地として開発されていたため,北条氏が塩田に本拠を置くことを可能にしたでしょうし,また,慈覚大師や平維茂といった先人の手で寺院の基礎が作られていたことが,別所に大規模な仏寺を建立する原動力になっただろうことは想像に難くありません。
前時代からのたゆまない積み重ねを土台に,塩田北条氏が本場鎌倉で花開いていた仏教文化をもたらしたことで「信州の鎌倉」が誕生したのでしょうね。
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Posted by まほろば旅日記編集部 at 03:30
│信州の鎌倉みち